現地生活

隔離明けの18歳。4人部屋のパンダ体験と、台湾の大学の洗礼

東田修二 / 國立陽明交通大學 在学中
陽明交通大学NYCU台湾留学
隔離明けの18歳。4人部屋のパンダ体験と、台湾の大学の洗礼

3週間遅れのキャンパスイン。隔離明けの18歳、灼熱のキャンパスと4人部屋での「パンダ」体験

長かった3週間の隔離生活がようやく終わり、私は新竹にある陽明交通大学へと向かいました。

新竹のキャンパスは市街地から少し離れた場所にあり、まさに「勉強に集中するための環境」という言葉がぴったりです。キャンパスに到着してまず驚いたのは、校門から宿舎(寮)へと続く非常に長い坂道でした。

9月の台湾は、まだまだ真夏の灼熱です。重い荷物を引きずりながら、汗だくになってその道のりを登っていたのを今でも鮮明に覚えています。

坂道を上り切り、ようやく寮に到着して鍵を受け取りました。案内された部屋は、およそ5〜6畳ほどのスペース。上がベッドで下が勉強机になっているシステムベッドが4つ並んでおり、そこで4人が共同生活を送るスタイルでした。

普通の感覚であれば、「こんなに狭い部屋で4人暮らしなんて無理だ」とショックを受けてもおかしくありません。

しかし、3週間の完全隔離を終えたばかりの私にとって、そんなことはどうでもよかったのです。

誰とも会えず、外の空気も吸えなかった孤独な日々から解放され、「これから人と触れ合えるんだ」という楽しみとワクワク感の方に、圧倒的に心が満たされていました。

部屋に集まる台湾人。「動物園のパンダ」になった日

部屋のドアを開けると、パッと日光が差し込む室内に、すでに3週間前に入寮していた台湾人のルームメイトたちがいました。

彼らもあらかじめ「新しく日本人が来る」という情報を聞いていたらしく、私が部屋に入るなり「Hello, are you Japanese?」と声をかけてくれました。私は満面の笑みと大きな声で「Nice to meet you! Yes, I'm Japanese!」と返事をしました。こんな会話でも、当時の私にとっては嬉しくてたまりませんでした。

そして彼らにとって、日本人の同級生はかなり珍しかったようです。

私が到着したことを知ると、「日本人が来たぞ」と言わんばかりに、隣の部屋からも続々と台湾人の学生たちが集まってきました。まるで動物園のパンダになったような気分でしたが、嫌な気はまったくしませんでした。むしろ、そこまで関心を持ってくれたことが素直に嬉しかったのです。

日本で少しずつ準備してきた拙い中国語を必死に使ってコミュニケーションをとろうとすると、みんな面白がって親しみを持って接してくれました。こうして、私の賑やかな寮生活がスタートしたのです。

「お手並み拝見」からの即撃沈。歯が立たなかった中国語

入寮してしばらく経ち、いよいよオンラインではなく、教室で受ける初めての対面授業の日がやってきました。線形代数か微積分の授業だったと思いますが、教室のドアを開けたときの緊張とワクワク感は今でも忘れられません。そこには、自分と同年代の台湾人学生たちが教室いっぱいに座っていました。

画面越しでしか見たことのなかった同級生たちの熱気と、飛び交う中国語。「ついに自分も、彼らと同じ場所でスタートを切ったんだ」と、その雰囲気に圧倒されつつも、胸が熱くなった瞬間でした。

壇上に立ったのは、50代前半くらいのメガネをかけた少し小太りの男性教授です。マイクを通した教授の口から、怒涛の中国語が流れるように飛び出してきました。

「よし来た、お手並み拝見と行こうか」

最初はそんなふうに意気込んで、やる気満々で授業に臨みました。しかし、現実は甘くありませんでした。

教授の話している内容が、驚くほど聞き取れません。日本で事前に勉強し、準備してきたはずの中国語は、現地の大学の講義においてはまったくと言っていいほど歯が立ちませんでした。人生、そううまくいかないものです。

結局、片手に教科書、もう片手にはスマホのGoogle翻訳を握りしめ、冷や汗をかきながら必死に画面と黒板を交互に見つめていました。それが、私の記念すべき最初の対面授業のリアルな姿です。なんとか最初の講義を終えたときには、どっと疲れが押し寄せていました。

逃げ場のない環境が、自分を強くする

授業が終わって寮に戻ると、ルームメイトたちが「授業はどうだった?」と声をかけてくれました。拙い中国語と身振り手振り、そして英語を交えながら「全然分からなかった」と伝えると、みんな笑いながら教科書の分からない部分を教えてくれました。

あえて日本人が少ない環境を選んだからこそ味わった、最初の大きな挫折でした。

しかし、不思議と後悔はありませんでした。日本語に甘えられる環境にいたら、きっと初日でここまで危機感を覚えることはなかったはずです。聞き取れない悔しさがあるからこそ、「絶対に追いついてやる」という猛烈なモチベーションが湧き上がってきました。

3週間遅れでスタートし、灼熱の坂道を登り、狭い部屋で賑やかな仲間に出会い、授業で完膚なきまでに打ちのめされる。

教科書とGoogle翻訳を握りしめたあの日の挫折こそが、私の本当の台湾生活のキックオフでした。

日本人が少ない環境を選ぶことも、そこで最初につまずくことも、事前に誰かが教えてくれるものではありませんでした。湾留学から、世界のキャリアへ。——OllinではLINE・メールで無料相談を受け付けています。具体的なプランがなくてもOKです。お気軽にご連絡ください。

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